スクール事業

【第1回】今すぐやめて!歌で腹式呼吸をしてはいけない3つの理由

こんにちは。音楽スクールのクラッチ大宮校チーフインストラクター、CCAアカデミー長のハラです。
今回からは、最新音声学・音声医学の観点で「正しい根拠のある」ボイトレテクニックをご紹介したいと思います。

近年では、SVC/ViPの小久保先生やESTILLの稲先生をはじめとした科学的根拠を持ったアプローチが日本でも増えてきました。
(いつも本当にありがとうございます…!)
一方で、いまだにアップデートされていないトレーナーや、ミュージシャンも多いようです。

年間で40件以上の論文を読み込み、音楽芸能系各社でセミナーを実施させていただいている私の知見で、
少しでも皆さんのお役に立てればと思っています。

それではいってみましょう!

ボイトレを独学で頑張っているのに、歌っていて息が苦しくなる、体が緊張してしまうと悩んでいませんか。

実はその原因、よかれと思って続けている「腹式呼吸」にあるかもしれません。

え?!腹式はいいんじゃないの?
そうですよね。私も最初は腹式が正義だと思っていました。しかし、世界的には覆されつつある激アツなトピックなんです。

この記事では最新の研究や論文を交えながら、
ボイトレにおける腹式呼吸の落とし穴と、
本当に必要な息のコントロールについて全3回の連載で解説します。

なぜ今、歌で腹式が危険と言われるのか

歌が上手くなるためには、お腹から声を出すことが必須条件だと考えられてきました。

日本では「腹から声を出す」という考えが浸透しているせいか、いまだに前時代的(クラシカル)な発声にこだわっているように感じます。

独学で練習しているみなさんも、まずはお腹を膨らませて息を吸うトレーニングから始めたのではないでしょうか。

しかし、2016年あたりから、音声学や声楽の研究分野では、この呼吸法の在り方が大きく見直されてきています。

にもかかわらず、まだ多くの教室でトレーナーが従来の腹式ばかりを教えていることに、私は強い危機感を覚えております。

最新のスポーツ科学や発声医学の観点から見ると、無理に腹式を作ろうとすることは、

必須ではないどころか、むしろ喉や体に危険を及ぼすという声も上がっています。

ボイトレの現場でも、呼吸にとらわれすぎて本来のパフォーマンスを落としている方を多く見かけます。

本連載の要点

本連載では、最新の研究結果を引用しながら、腹式呼吸の悪い部分や、逆に使ってもいいケースを3回に分けてお伝えしていきます。

本連載で解説すること

  1. <今回>腹式神話の崩壊─やってはいけない3つの理由
  2. リラックスしたときの発声と呼吸を学ぶ─音声経済性(Vocal Economy)
  3. 本来腹式を使うべきタイミングとおススメの方法

今回は、第1回として「やってはいけない3つの理由」という本質にフォーカスして解説していきます!

理由1:体が過緊張を起こす

結論から言うと、無理にお腹を動かそうとする意識は、体全体の不必要な緊張(=過緊張)を招くということです。

お腹から息を出そうと力むあまり、本来リラックスすべき首や肩、そして喉周辺の筋肉まで固まってしまうからです。

ここで、発声指導における横隔膜(腹式で使うインナーマッスル)の役割を分析したの論文の一部をご紹介します。

“However, some teachers believe that overemphasis on the role of the diaphragm will cause students to neglect other vocal skills, and even cause tension and damage to the body and vocal cords.”
(翻訳)しかし、一部の教師は、横隔膜の役割を過度に強調すると、生徒が他の発声スキルをおろそかにし、さらには身体や声帯に緊張や損傷を引き起こす原因になると考えています。
Analysis of The Role of Emphasizing the Diaphragm on Breath Control in The Teaching of Beginning Children’s Voices (2024) / Zixin Chen

歌う以前に横隔膜を操作しようとすることは、かえって体や声帯の緊張を招く要因になると指摘する指導者がいるということです。

さらに、このような呼吸が声帯に与える影響について、米国の大学による歌唱時の呼吸メカニズムの研究では次のように示しています。

>”Responding to this lack of air, the vocal folds will either fail to close completely, producing a breathy sound, or succumb to their biologically programed response to act like a valve, closing too tightly and producing a tight or pinched sound.”
(翻訳)この空気の不足(不適切な呼吸)に反応して、声帯は完全に閉鎖できずに息漏れのある音を出すか、あるいはバルブのように機能するという生物学的な反応によってきつく閉じすぎ、窮屈で絞り出されるような音を出してしまいます。

A Review of the Breathing Mechanism for Singing Part II: Methods of Breathing (2017) / Sean McCarther

このように「腹式」を意識すればするほど、
声帯は自然な状態から離れてしまい、声が出にくくなるという状態に陥ってしまうということです。

つまり、よかれと思って一生懸命!笑 先生に言われたとおり腹式を意識していましたが、
これは適切な発声を阻害してしまうということでした。

実は、一般論的に、歌声は声帯振動と声道の形によって決まると考えられています。(呼吸ではありません!)
呼吸はあくまで発声前の予備動作です。
ということは、呼吸のせいで発声の邪魔をしてしまうのでは……本末転倒ですね。

POINT1
リラックスした状態を優先!腹式を意識することは発声の邪魔になるかも?

理由2:声帯を傷つける

ちょっとショッキングな表現かもしれません。しかし、これも音声医学的に証明された事実として定着しつつあります。

ここで重要なのは「声門下圧(声帯の下の空気の圧力)」と「接触圧力(声帯同士がぶつかり合う力)」の関係です。
少し専門的な表現になってしまってすみません…

声門下圧というのは、喉から下(上半身)にある空気の圧です。いっぱい吸うとパンパンになって圧力が上がります

そして、接触圧力は声帯がくっついたときのベタっとした力です。
声を出すときには声帯同士が触れ合うので、発声時の声帯の動きだと思ってください。
通常、声帯に空気が当たると、当たった場所がくっつきます。これをベルヌーイの定理と言います。

この現象について、米国の音声学の専門サイトでは次のような解説がまとめられています。

“If they contract too quickly, they create intense breath pressure that the vocal folds then have to find a way to manage. Engagement of any of these muscles increases pressure on the vocal folds.”

(翻訳)これらの筋肉(腹式呼吸の筋肉)が急激に収縮すると激しい息の圧力が発生し、声帯はそれをなんとか処理しなければならなくなります。これらの筋肉が働くことで、声帯への圧力は増加します

Voice Science Works / Laurel Irene, David Harris

まさに、みなさんがお腹に力を入れて大量の息を送ろうとするときのメカニズムです。
大きく息を吸いこむと、声門下圧上昇します。
すると、その強い風圧を受け止めた声帯は、ベルヌーイの定理により分厚く、そして激しくぶつかり合ってしまいます。

さらに、そこで腹筋に力を入れて発声を試みたとしましょう。

“Intentional or strenuous engagement of the abdominal and oblique muscles tends to create too much breath pressure for the vocal folds to manage efficiently.

(翻訳)腹筋や腹斜筋を意図的に、あるいは激しく使うと、声帯が効率的に処理できないほどの強すぎる息の圧力を作り出す傾向があります。

Voice Science Works / Laurel Irene, David Harris

このように、声帯に対して「強烈な風圧」が吹きつけるといえます。

また、2025年に発表された摘出喉頭を用いた声帯の圧力に関する最新の生体力学論文では、次のように指摘されています。

“The contact pressure experienced by the vocal folds during phonation is considered a major factor contributing to vocal fold injuries and lesions.

(翻訳)発声時に声帯が受ける接触圧力は、声帯の損傷や病変(ポリープや結節など)の原因となる主要な要因と考えられています。

Spatiotemporal distribution of the intraglottal pressure and vocal fold contact pressure in excised larynges (2025) / Sarah Lehoux, Zhaoyan Zhang

実際に、声帯に対する垂直方向の圧は、
声帯粘膜の摩耗だけでなく声帯組織(コラーゲン、エラスチン繊維)に対しても損傷を与えます。
これが声帯結節をはじめとする声のケガの要因であると論じられています。

声は一生ものの楽器です。
しかし、一度傷つけてしまうと治るのに時間がかかり、日常生活にも支障を来たすことでしょう。
再発する恐れもあるため、もしあなたが腹式で声に異変を感じているようならすぐに専門家に診てもらうことをおすすめします!

POINT2
強い声門下圧は声帯への負担を高め、痛める可能性がある!

理由3:肺活量が減る

こちらも結論から言いましょう。腹圧に気を取られると重心が下に下がります。

すると、胸郭が狭まり(猫背気味になって)、肺活量が少なくなってしまうのです。

では逆に・・・深呼吸をしてみてください。吸って~~~~~~~~~~、お。ほら、身体が上に伸びますよね。
つまり、身体を上に伸ばして肺のポジションを空けておいてあげないと、腹式でどれほど息を取り込んでも、肺に充分到達しないのです。

本来、呼吸時には、肺とお腹は連動して動くはずですから、「お腹だけを意識する」というのではズレが生じます。
呼吸器疾患の専門誌で発表されたイギリスの論文によれば、これは非効率な運動だと指摘されています。

Thoraco-abdominal asynchrony: where there is delay between rib cage and abdominal contraction resulting in ineffective breathing mechanics. In extreme cases this is termed paradoxical breathing.”
(翻訳) 胸腹部の非同期運動:胸郭と腹部の収縮の間に遅れが生じ、その結果、非効率な呼吸力学をもたらしている。
極端なケースでは、これは『逆説的呼吸』と呼ばれる。

Dysfunctional breathing: a review of the literature and proposal for classification (2016) Richard Boulding, Rebecca Stacey, Rob Niven, Stephen J Fowler

ちょっと難しい表現ですが、胸式も腹式も、同じ「肺」を動かしてるんだから、連動してないとおかしなことになるよ!ってことですね。

このグラフは、音声学の世界的権威と言われているインゴ・ティッツェさんの著書「発声原理」にあるものです。
(このティッツェさんはミックスボイスやリップロールの原理(SOVT)を科学的に解明したすごい人です!)

図によると、呼吸は3つのフェーズに分けられ、

  • 1段階目は息を吸い過ぎている状態で、肺の弾性(胸膜圧)のおかげで、勝手に息が出ていく状態です。※胸式でも十分発声ができる!
  • 2段階目は適度に筋肉が働き、リラックスして発声できるようになります。
  • 3段階目では筋圧が優位になり、これは体に力が入った状態を示します。

つまり、必要以上に呼気を出そうとするとかえって胸が圧縮され、充分に補充することができず逆に「息が足りない」状況を招くと考えられています。
やはり、何事も「自然体」が一番です。トレーニングだからといって体を追い込む必要はないんですね。

ただ、この「足りない」状態では肺のリコイル運動というものが働き、
正しい姿勢で力を抜くことで最速で息を補充できるというメリットがあります。

この、リコイル運動については第3回でお話ししたいと思います。

余談なのですが、ティッツェの1段階目=肺の弾性で発声する、というもの。実は日本人はこれが得意なんです。
なぜか?というと、「はい!」という返事をするからなんですね。
子供のころから、先生のいうこと分かりましたか?に「はい!」といい返事をしていた覚えはありませんか。
あれは、大きく吸って、肺の弾性を使って瞬時に息を出し、短い音を綺麗に発声する─という
アンカリングと呼ばれる動作をしていたんですね!

POINT3
胸式や腹式にこだわらず、自然な呼吸に意識を変えてみよう

なぜ今も「腹式」が重視されているのか

ずばり、効果に「即効性」があるからです。

「あ!お腹から声が出た!」

というように、変化を実感しやすいため、体験レッスンのような限られた時間の中で効果を感じてもらうにはもってこいのトピックなんですよね。

皆さんも、体験レッスンに行ったら、30分の間に「呼吸だけ教えられた」という経験があるのではないでしょうか?
たしかに、声門下圧を上げて発声をすると、人が変わったように変化を感じる方も少なくないでしょう。
ですから、腹式の指導は営業ツールとしてスクールビジネスに根付いてしまったと考えられます。

現場でよく見る落とし穴と改善例

実際に私のレッスンに来られた生徒さんの中にも、この過緊張で悩んでいる方が多くいらっしゃいました。

一例を挙げると、ある30代の男性は「高音が出ない」と悩み、レッスン中も常にお腹に手を当てて、必死に腹式呼吸を作ろうとしていました。
その結果・・・首は硬く、肩は上に上がり、喉仏も上がった状態で歌っていたのです。

そこで、お腹を意識するのを一切やめてもらい、のどの位置を下げ、ため息をつくような自然な呼吸法へ切り替えるよう指導しました。
すると、およそ2ヶ月のレッスンで喉の締め付けが取れ、高音域の伸びがアップするという着実な変化が見られました。

まとめ:自然な呼吸を取り戻そう

今回は、ボイトレにおいて腹式呼吸をしてはいけない理由の主な3つを挙げました。

まとめ:今回のポイント

  • 腹式への過度な意識は、首や肩、喉を緊張させる
  • 声門下圧は、声帯を傷つけるリスクがある
  • まずは「ため息」のような自然な呼吸を取り戻すことが重要

独学で練習していると、どうしてもネット上の「〇〇すべき」という情報に縛られがちですね。

しかし、体のつくりや現在の癖は人それぞれ異なります。
合わないトレーニングを続けることは、上達を遅らせるだけでなく、喉を痛める原因にもなりかねません。

まずは、腹式呼吸の優先度を下げましょう。これは第3回で書きますが、「腹式呼吸は上級者のテクニック」です

おっと、ここで問題が起きました。

腹式をしないことによって、息の量が大幅に減ってしまったということですね。
しかしご安心ください。今は現代。この令和の時代にステージでマイクを使わず歌うことはありませんよね・・・?
ポップスはマイクを使う音楽です。つまり、少ない負荷で最大のパフォーマンスを発揮することが重要です。

次回は、この方法をインゴ・ティッツェの「音声経済性」と「声門上圧」(今度は上!)の観点で解説していきます。

今回の記事を見て、ボイトレに興味が出た方、ちんぷんかんぷんだった方、

または、ご自身の呼吸や発声に少しでも違和感や限界を感じている方がいましたら、クラッチのボイトレを一度体験してみませんか。
一人ひとりの体の状態をしっかり見極め、分かりやすく、自然な発声へと導くレッスンをさせていただきます!

ありがとうございました。

腹式呼吸はやめたほうがいい?

腹式呼吸は歌に良い影響を与えることもあります。ですが、初心者にはおススメしません。
なぜなら歌における腹式呼吸は非常に高度なテクニックです。
そのため腹式呼吸を意識するあまり、発声の重要な部分を見落とすリスクが大きく、誤った使い方をすると喉を傷める可能性があります。

腹式呼吸のメリットは?

肺を下方向に広げ、胸式の3倍程度の呼気量を得ることができます。
さらに、副交感神経を優位にすることで、リラックス状態になります。但し、安静呼吸位(無意識な状態)での話であり、意識的に腹式呼吸をした場合はこの限りではありません。
つまり、より多くの息を吸いたい場合は、呼吸を意識せずに腹式呼吸ができる状態で歌うのがベストです。

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